未経験からこの仕事に入るとき、いちばん怖いのは「知らないことを、知らないまま通してしまうこと」だと思います。

その不安には、良い教材があります。

経済産業省が公開している「大学・研究機関 ヒヤリハット事例集」です。

ヒヤリハット事例とは何か。資料はこう定義しています。

無許可での提供・輸出になりかねなかったものの、事前の対処により法令違反を未然に防いだ軽微な事故の事例

違反した話ではなく、寸前で止まった話です。

だから読んでいて怖くなりすぎず、「どこで止まったのか」「なぜ気づけたのか」が分かります。新人にとって、これ以上の教材はありません。

みなとくん船長、失敗事例を読むのは気が重いです
あんぼう船長そこがな、この事例集はちがうんじゃ。止められた話じゃからな。読めば読むほど、止め方が分かるでな
「大学の事例集でしょう?」と思われるかもしれません。企業の実務にも、そのまま当てはまります。 資料が挙げる事故の要因は、トップ層の無理解/周知不足/現場の無理解。企業でもまったく同じです。

この記事は、これから輸出管理・貿易実務の仕事を目指す方に向けて書いています。

この記事を読むと、あなたはこうなります

  • 未経験でも、今日から使える「5つの質問」が手に入ります
  • 実務で何が起きるかが、具体例で分かります
  • 面接で話せる材料が増えます(読んでいる人はまずいません)
  • 上級者の発想が1つ分かります

この記事で扱うこと

この記事の後半では、5つのつまずきを実例で追います。

  • ① 「公知の技術」と思い込む:学会発表の申請の裏に研究打合せが隠れていた事例。→ 「他に何をしますか」
  • ② 「前に大丈夫だったから」で進める:他人の手続きが早く済んだことを見通しにして、渡航中止になった事例。→ 「いつまでに必要ですか」
  • ③ 中身の部品を見ない:ドローンの部品/ロボット内蔵の角速度・加速度センサー。★メーカーカタログに明記されていたのに見ていなかった部分品特例の判断は担当部署が行う。→ 「中に何が入っていますか」
  • ④ メーカーの判定書を鵜呑みにする★メーカーが間違えても、責任を問われるのは輸出した側という資料の明記。ダブルチェックで止まった事例と、判定書を受け取ったとき確認する5項目。→ 「根拠の項番はどこですか」
  • ⑤ 分類の階層を1つ上で止める:科名だけで見て属を見なかった例。化学品・装置・材料でも同じ構造。→ 「もう一段、下は見ましたか」
  • ★5つとも「質問」で防げる:未経験でも質問はできる
  • ★上級者の発想:既存の手続きに埋め込む:出張申請/受入手続/参加費申請/契約締結に紐付ける。人の善意に頼らない仕組みを作る
  • ★面接でそのまま使える言い方

なぜ大学の事例が、企業でも効くのか

ヒヤリハット事例とは何か
ヒヤリハット事例とは何か

「大学の事例集でしょう?」と思われるかもしれません。

企業の実務にも、そのまま当てはまります。

理由は、つまずきの原因が制度の性質に由来しているからです。資料は、事故の要因をこう整理しています。

□ トップ層の無理解
□ 学内周知不足
□ 教員(現場)の無理解

「経営が分かっていない」「社内に伝わっていない」「現場が知らない」。企業でもまったく同じです。


つまずき① 「公知の技術」と思い込む

学会発表なら、公知の技術?
学会発表なら、公知の技術?

事例(要旨)

国際学会発表のため、「公知の技術」として出張申請があった。

しかし、発表のほかに研究打合せが予定されており、輸出管理担当部署の指摘により、打合せ内容は「リスト規制該当」と判明した。

何が起きていたか

【申請者の認識】
学会発表 → 公開されるもの → 公知の技術 → 許可不要

【実際】
学会発表     → 公知の技術かもしれない
打合せ        → ★別の話。公開されない

1つの出張の中に、性格の違う行為が混ざっていたのです。

新人が身につけるべきこと

「この出張で、他に何をしますか」と聞く。

これだけです。

【聞くべきこと】
□ 発表以外の予定はありますか
□ 打合せ・見学・共同実験はありますか
□ 資料を渡す予定はありますか
□ 質疑応答で、発表内容を超える話をする可能性は

申請書に書かれていないことを聞く。これが、この仕事の基本動作です。

企業でも同じです。「展示会に出品します」という申請の裏に、技術説明・商談・デモが隠れています。

つまずき② 「前に大丈夫だったから」で進める

事例(要旨)

国内の別の大学のA教授との、懸念国での海外共同調査の案件。A教授の学内手続はすぐに済んだと聞いていたので、直前に手続を行った

懸念国で技術提供の可能性があるため慎重な審査が必要だが、審査時間がないとして渡航中止となった。

何が起きていたか

他人の手続きが早く済んだことを、自分の案件の見通しにしてしまった。これが原因です。

そして結果は、違反ではなく「中止」でした。

手続きが間に合わず、渡航そのものがなくなった。

新人が身につけるべきこと

「いつまでに必要ですか」を最初に聞き、逆算する。

【伝えるべきこと】
「懸念国向けは審査に時間がかかります。
 いつ出発ですか? 逆算すると、
 ○月○日までに情報が揃わないと間に合いません」

この一言で、案件が救えます。

そして重要なのは、止めることが目的ではないという点です。間に合わせるために早く動かすのが、担当者の仕事です。

「早く出してください」と言える人が、現場から信頼されます。

つまずき③ 中身の部品を見ない

完成品が非該当なら、安心?
完成品が非該当なら、安心?

事例(要旨・その1)

ドローンの輸出について、非該当として学内手続を行った。

部品にリスト規制該当品目があることが判明した。

事例(要旨・その2)

大学間交流協定に基づき、B国でロボットのデモンストレーションを実施する計画を進めていた。

輸出準備の際、リスト規制に該当する角速度・加速度センサーがロボットに内蔵されていることが判明した(メーカーカタログにもリスト規制品であることが明記されていた)。慌てて学内手続の申請を行った。

何が起きていたか

【判定した対象】
「ドローン」「ロボット」という完成品

【見落とした対象】
★中に入っている部品

2つ目の事例で注目すべきは、メーカーのカタログに明記されていたという点です。調べれば分かる情報を、調べていなかったわけです。

資料はこう助言しています。

部分品特例により許可が不要になるケースもありますが、特例の適用可否については教員のみの判断に頼らず、輸出管理担当部署で適切に判断するようにしましょう。

新人が身につけるべきこと

「中に何が入っていますか」と聞く。

【確認すること】
□ 構成部品のリスト(部品表)はありますか
□ センサー・制御装置・通信モジュールは何を使っていますか
□ 各部品のメーカー該非判定書はありますか
□ カタログ・仕様書を見せてもらえますか

完成品の名前だけで判定しない。これは企業でも大学でも共通の鉄則です。

そして、部分品特例という救済措置があることも覚えておいてください。該当部品が入っている=即アウト、ではありません。 ただし特例の判断は担当部署が行う。ここが要点です。

つまずき④ メーカーの判定書を鵜呑みにする

メーカーの判定書があれば、安心?
メーカーの判定書があれば、安心?

事例(要旨)

教授Xから輸出管理手続の申請があり、該非判定についてはメーカーの該非判定書どおりに「非該当」としていた。部局の担当者は、メーカーの該非判定書の内容を十分に確認せずに、非該当として審査を完了した。

輸出管理担当部署が内容を精査したところ、該当品の可能性があるとして確認を行った。メーカーに問い合わせたところ、判定に誤りがあり、正しくは「該当」である旨の訂正があった。

ここが最重要です

資料は、こう明記しています。

たとえメーカーや販売代理店が該非判定を間違えた場合であっても、外為法違反の責任を問われるのは、技術の提供や貨物の輸出を行った者になります。

外部から該非判定書を入手した場合であっても、該非判定の内容を、自らの責任で確認してください。

メーカーが間違えても、責任は輸出した側。

これは、未経験の方がいちばん驚く事実だと思います。

【誤解】
メーカーが「非該当」と書いた
   → メーカーの責任

【実際】
メーカーが「非該当」と書いた
   → ★輸出した者の責任

新人が身につけるべきこと

判定書を「受け取る」のではなく「読む」。

【該非判定書を受け取ったら確認すること】
□ 判定の根拠となる項番が書かれているか
□ どのスペックで非該当と判断したのか書かれているか
□ 判定日はいつか(改正後の版で判定されているか)
□ 型式は、今回輸出するものと一致しているか
□ 疑問があれば、メーカーに問い合わせる

そして、この事例で止められた理由にも注目してください。

このケースでは、部局による確認に留まらず、輸出管理担当部署によるダブルチェックを行ったことで無許可輸出を防げました。審査を多段階で実施するようにシステム設計することは有効な取組みです。

ダブルチェックが機能した事例です。

新人が「もう一度見る人」の役割を担う。これは、経験がなくてもできる貢献です。分からないなりに「ここ、根拠が書いてないですね」と言えれば、それで十分なのです。

つまずき⑤ 分類の階層を1つ上で止める

科名で非該当なら、安心?
科名で非該当なら、安心?

事例(要旨)

「フィロウイルス科」という科名のみでリスト規制非該当と判断したところ、同科に内包される「マールブルグウイルス属」や「エボラウイルス属」を輸出する案件であり、実際には該当していた、というケースも考えられます。

資料の助言はこうです。

ウイルス等のチェックにおいては、科名だけ、属名だけで確認するのではなく、種名(又はウイルス名)も合わせて確認する必要があります。

輸出管理担当部署で判断が難しい場合には、技術の内容に詳しい教員に問い合わせて、確認を行うことも大切です。

何が起きていたか

科(フィロウイルス科)    ← ここで見て「非該当」
  └ 属(エボラウイルス属) ← ★ここが該当
       └ 種

上位の分類で見て、下位を見なかった。

これはウイルスに限りません

【同じ構造の落とし穴】
□ 化学品を「物質群」で見て、個別のCAS番号を見ない
□ 装置を「種類」で見て、仕様グレードを見ない
□ 材料を「素材名」で見て、純度・組成を見ない

規制は、たいてい「細かいほう」に書かれています。

新人が身につけるべきこと

「もう一段、下を見る」。

そして、資料が言うとおり、判断が難しければ、詳しい人に聞く

「分からないので聞きました」は、この仕事では正解です。 分からないまま通すことだけが間違いです。

5つに共通すること

改めて並べます。

# つまずき 対処の一言
「公知の技術」と思い込む 「他に何をしますか」
「前に大丈夫だったから」で進める 「いつまでに必要ですか」
中身の部品を見ない 「中に何が入っていますか」
メーカーの判定書を鵜呑みにする 「根拠の項番はどこですか」
分類の階層を1つ上で止める 「もう一段、下は見ましたか」

5つとも「質問」で防げます。

これが、この記事でいちばんお伝えしたいことです。

未経験でも、質問はできます。 制度に詳しくなくても、この5つを聞くだけで、事故のかなりの部分は止まります。

事例集が示している、もう1つの教訓

上級者の発想は、既存の手続きに埋め込む
上級者の発想は、既存の手続きに埋め込む

資料は、事例のまとめとしてこう述べています。

輸出管理の手続が必要なことは理解していても、確認が必要な事項への理解が足りないケース余裕を持った手続が行われないケースがあり、教育が重要です。

輸出管理手続を単独で行うのではなく、海外出張、留学生受入れや国際共同研究等といった手続と輸出管理手続を関連付けて行うことで、より良い安全保障貿易管理の実現が期待できます。

★「他の手続きと関連付ける」。ここが、上級者の発想です。

【関連付けの例】
海外出張申請   → 輸出管理の確認がないと承認されない
留学生受入手続 → 輸出管理の確認を必須項目にする
学会参加費申請 → オンライン学会も対象なので紐付ける
契約締結手続   → 共同研究契約に輸出管理条項を入れる

事例集にも、こういう記述があります(要旨)。

このケースでは、出張手続に関連づけた輸出管理の仕組みが構築されていたことは評価できます。これに加え、オンラインで開催される学会の参加費申請手続等にも輸出管理手続を関連づけるなどの工夫が考えられます。

「輸出管理の手続きをしてください」とお願いして回るのではなく、既存の手続きに埋め込む

人の善意に頼らない仕組みを作る。これができる人が、この分野で長く活躍します。

企業でも同じです。受注登録/出荷指示/出張申請のフローに埋め込めれば、抜けは激減します。

面接でどう使うか

この記事の内容は、そのまま面接で使えます。

「経済産業省が公開しているヒヤリハット事例集を読みました。

印象に残ったのは、メーカーの該非判定書が間違っていても、責任を問われるのは輸出した側だという点です。判定書を受け取るだけでなく、根拠の項番やスペックまで確認する必要があると理解しました。

もう1つは、輸出管理の手続きを単独で行うのではなく、出張申請や受入手続といった既存の手続きに関連付けるという考え方です。人の意識に頼るのではなく、仕組みで抜けを防ぐという発想が、実務では重要なのだと感じました。」

「ヒヤリハット事例集を読んだ」と言える人は、そう多くありません。

まとめ

  • ヒヤリハット事例=寸前で止まった事例。違反事例より、新人には学びやすい
  • 大学の事例集だが、要因(トップの無理解/周知不足/現場の無理解)は企業も同じ
  • ① 「公知の技術」と思い込む「他に何をしますか」。1つの出張に性格の違う行為が混ざる
  • ② 「前に大丈夫だったから」で進める「いつまでに必要ですか」。結果は違反ではなく渡航中止
  • ③ 中身の部品を見ない「中に何が入っていますか」カタログに明記されていたのに見ていなかった。部分品特例の判断は担当部署が行う
  • ④ メーカーの判定書を鵜呑みにする「根拠の項番はどこですか」★メーカーが間違えても責任は輸出した側。ダブルチェックで止まった
  • ⑤ 分類の階層を1つ上で止める「もう一段、下は見ましたか」。科で見て属を見ない。難しければ詳しい人に聞く
  • 5つとも質問で防げる。未経験でも質問はできる
  • ★上級者の発想は「既存の手続きに埋め込む」。出張申請・受入手続・参加費申請・契約締結に紐付ける
  • 人の善意に頼らない仕組みを作れる人が長く活躍する
  • 面接で「ヒヤリハット事例集を読んだ」と言える人は少ない

さて、次に誰かの申請書を見る機会があったら、5つの質問を思い出してみてください。

次回は、独学の入口、無料で読める一次情報の歩き方を扱います。

みなとくん船長、質問するだけでいいなら、ぼくにもできそうです
あんぼう船長それがいちばん難しくて、いちばん効くんじゃ。聞ける者が、船を沈めずに済ませるんじゃからな
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※ 事例は経済産業省「大学・研究機関 ヒヤリハット事例集」(令和5年9月更新)によります。本記事では要旨を整理しており、詳細は原典をご確認ください。事例集は今後も新たな事例を加えて更新されるとされています。最新版は 経済産業省 大学・研究機関向けページ でご確認ください。

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