技術提供の判断で、いちばん使われる例外がこれです。
公知の技術を提供する取引(貿易外省令 第9条第2項第九号)
「もう公開されている技術だから、許可は要らない」。正しい理解です。ただし、現場で誤用されやすい例外でもあります。
【誤用の典型】
□ 「いずれ論文にするから公知」
□ 「学会で発表する予定だから公知」
□ 「教科書に載っている分野だから公知」
□ 「うちの製品カタログに近いことが書いてあるから公知」
★4つとも、そのままでは通りません。
経済産業省のガイダンスは、はっきり書いています。
将来的に公知化を予定する研究成果であっても、公表以前に特定の者しか知りえない場合はこの例外には該当しません。


この記事を読むと、あなたはこう変わります
- 「公知だから大丈夫」の誤用を止められます
- 「どこまで公開するか」を聞けるようになります
- 判断シートに入れるべき決定的な1項目が分かります
- 技術者・研究者に伝わる言い方が手に入ります
この記事で扱うこと
この記事の後半では、実際に動ける形にします。
- 公知例外の5類型:①〜④は「すでに公知」、⑤は「これから公知にする」
- ★「含まれる」と明記されたケースと、その条件:守秘義務を課した発表は除く/聴講資格を設けたオンライン講座は除く/公知化手続と独立した任意の査読は除く
- ★該当しないと明記されている2つ:①公知化を目指す技術の開発過程で得た知見・製法・製造工程・諸条件(化学式の具体例つき)/②投稿中の技術
- 査読は当たるのに、投稿中の提供は当たらないという紛らわしい線
- 基礎科学分野の研究活動(貿易外省令 第9条第2項第十号):定義を3要件に分解。★「特定の製品の設計又は製造を目的としない」が企業では効く
- 判断シートに入れる項目:★「提供する範囲は、公知の範囲に収まっているか」
- ★現場に伝えるときの3つの言い方
- 提供の時点で判断する構造。だから判断日の記録に意味がある
公知例外は5類型あります
まず、当たる側から確認します。ガイダンスが挙げる5つです。
1. 公知例外の5類型(条文の整理)

公知の技術を提供する取引又は技術を公知とするために当該技術を提供する取引であって、以下のいずれかに該当するもの(貿易外省令 第9条第2項第九号)
上の図の5類型です。★①〜④は「すでに公知」、⑤は「これから公知にする」という違いがあります。
⑤があるので、「公知化のための提供」は例外になります。 ただし、目的が公知化であることが要件です。ここが後述の落とし穴につながります。
2. 「含まれる」と明記されているケース
ガイダンスが具体例として挙げているものです。条件付きのものが多いので、括弧の中まで読んでください。
| ケース | 条件 |
|---|---|
| 論文発表や学会発表等で公表すること | ★学会参加者に守秘義務を課して発表を行う場合等、すべての技術を公知とするための技術提供ではない場合は除く |
| 不特定多数の者に無償で閲覧可能とするためのHPへの掲載 | — |
| オンライン講座(不特定多数の者を対象とするもの/不特定多数に公開されている技術を内容とするもの) | ★特定の聴講資格を設けている、不特定多数の者に公開されていないオンライン講座は除く |
| 市販された教科書を用いるなど、公表された情報を用いて行う講義や実習 | — |
| 学会等で公知とするために発表した技術の範囲内での質疑・応答の内容 | ★「発表した技術の範囲内」 |
| 査読のために学会や査読者に論文を送ること | ★公知化手続の一部である必要があり、公知化の手続とは独立した任意の査読は除く |
★の3つが実務の分かれ目です。

分かれ目①:守秘義務を課した発表は「除く」
クローズドな発表会は公知化ではありません。
【公知例外に当たる】
誰でも参加できる学会での発表
【当たらない】
★参加者に守秘義務(NDA)を課した発表
★招待者限定のクローズドな技術発表会
「発表した」という事実ではなく、「不特定多数が入手できる状態にしたか」で判断します。
分かれ目②:聴講資格を設けたオンライン講座は「除く」
【当たる】
誰でも申し込める公開ウェビナー
公開されている技術だけを扱う社外講座
【当たらない】
★受講資格を限定した講座
★不特定多数に公開されていない講座
社内向け・顧客限定の技術セミナーは、公知例外にはなりません。
分かれ目③:任意の査読は「除く」
【当たる】
論文投稿の手続上、必須となる査読のために送る
→ ★公知化手続の一部
【当たらない】
★公知化の手続とは独立した任意の査読
(投稿前に知人の研究者に見てもらう 等)
「手続上必須かどうか」が線です。
3. 該当しない、と明記されている2つ

ここが本題です。ガイダンスは、例外に当たらないケースを2つ、名指しで挙げています。
① 公知化を目指す技術の「開発過程で得た知見」
最終的に公知化を目指す技術の開発過程で得た知見や研究データの提供は、それ自体が提供時点で公知でなければ例外には該当しません。
そして、具体例まで示されています。
例えば、ある化学物質を製造するための化学式の公知化を図る場合において、その知見の基礎となる化学物質を製造するための個別の製法、製造工程、諸条件などが公知となっていない場合、これらはこの例外に該当しませんので注意が必要です。
構造を図にすると、こうです。
【公知化する予定のもの】
化学式そのもの → ⑤の類型で例外になりうる
【公知化しないもの】
★個別の製法
★製造工程
★諸条件
↓
これらが公知でなければ、例外に該当しない
「論文にする研究の一部だから」では通りません。
論文に書く範囲と、書かない範囲を切り分ける必要があります。
② 投稿中の技術
論文等で発表するために投稿中の技術を外国で又は非居住者に対し提供する場合など、将来的に公知化を予定する研究成果であっても、公表以前に特定の者しか知りえない場合はこの例外には該当しません。
投稿した → まだ公知ではない
査読中 → まだ公知ではない
受理された → まだ公知ではない
↓
★公表されて、初めて公知
タイミングが決定的です。
ただし、投稿の手続上必須となる査読のために送ること自体は例外に当たる(前掲)、ここが紛らわしいところです。
【当たる】
査読のために、学会・査読者へ論文を送る
→ 公知化手続の一部
【当たらない】
★投稿中の内容を、査読とは関係なく
海外の共同研究者や非居住者へ提供する
「誰に、何のために」で分かれます。
4. もう1つの例外:基礎科学分野の研究活動

公知例外とセットで出てくるのが、同じ貿易外省令 第9条第2項の第十号です。
基礎科学分野の研究活動において技術を提供する取引(同項第十号)
定義は、役務通達(1(3)用語の解釈)に置かれています。
「基礎科学分野の研究活動」とは、自然科学の分野における現象に関する原理の究明を主目的とした研究活動であって、理論的又は実験的方法により行うものであり、特定の製品の設計又は製造を目的としないものをいう。
3つの要件に分解できます。
① 自然科学の分野における現象に関する原理の究明が主目的
② 理論的又は実験的方法により行う
③ ★特定の製品の設計又は製造を目的としない
ガイダンスが挙げる例は
・宇宙の生成過程に関する研究
・素粒子理論に関する研究 等
★③が実務では効きます。
【当たりうる】
原理の解明そのものが目的
【当たらない】
★製品化を見据えた応用研究
★特定の用途向けの材料開発
★受託研究で成果物が仕様化されているもの
企業の研究開発は、多くが「特定の製品」を見ています。 基礎科学例外を当てにするのは、慎重にしてください。
5. 実務への落とし込み

判断シートに入れる項目
【公知例外を使う場合】
□ どの類型(①〜⑤)に当たるか
□ ★「すでに公知」か「これから公知にする(⑤)」か
□ すでに公知の場合、その根拠(出典・URL・書誌)
□ ★不特定多数が入手できる状態か
→ 守秘義務の有無
→ 聴講資格の有無
→ 会員限定でないか
□ ★提供する範囲は、公知の範囲に収まっているか
→ 開発過程の知見・製法・条件がはみ出していないか
□ 判断日・判断者
【基礎科学例外を使う場合】
□ 原理の究明が主目的か
□ 理論的又は実験的方法か
□ ★特定の製品の設計・製造を目的としていないか
□ 契約書・仕様書に、製品化を示す記載がないか
★「提供する範囲は、公知の範囲に収まっているか」。ここが、この記事でいちばんお伝えしたい確認項目です。
現場に伝えるときの言い方
技術者・研究者に説明するときは、条文の言葉より、この3つが伝わります。
① 「もう公開されている」なら、その出典を教えてください
② 「これから公開する」なら、公開するのは"どこまで"ですか
③ 公開しない部分を渡すなら、それは公知ではありません
②③の切り分けができれば、事故はかなり減ります。
6. なぜここまで細かいのか
最後に、制度の趣旨を押さえておきます。
公知例外がなければ、学術も情報発信も止まります。 新聞に載っていることを外国人に説明できない、では社会が回りません。
一方で、「いずれ公開するから」を無条件に認めると、抜け穴になります。 公開すると言って渡し、公開しない。これを防げません。
だから、「提供の時点で公知か」という一点で線を引いているわけです。
時点で判断する
↓
★だから、判断日を記録に残す意味がある
「あのときは公知だった」を後から説明できるようにしておいてください。
まとめ
- 公知例外は貿易外省令 第9条第2項第九号。5類型ある
- ①〜④は「すでに公知」、⑤は「これから公知にする」
- ★守秘義務を課した発表は除く(クローズドな発表会は公知化ではない)
- ★聴講資格を設けたオンライン講座は除く(社内向け・顧客限定は当たらない)
- ★公知化手続と独立した任意の査読は除く。手続上必須の査読は当たる
- ★該当しない①:公知化を目指す技術でも、開発過程で得た知見・製法・製造工程・諸条件が公知でなければ例外に当たらない
- ★該当しない②:投稿中の技術は、公表以前で特定の者しか知りえないなら例外に当たらない
- もう1つの例外は基礎科学分野の研究活動(貿易外省令 第9条第2項第十号)。★「特定の製品の設計又は製造を目的としない」が要件
- 企業の研究開発は多くが製品を見ているので、基礎科学例外を当てにするのは慎重に
- 判断シートには★「提供する範囲が公知の範囲に収まっているか」を必ず入れる
- 現場には「もう公開されている?」「どこまで公開する?」「公開しない部分は公知ではない」の3つで伝える
- 提供の時点で判断する。だから判断日の記録に意味がある
さて、自社で「公知だから大丈夫」と判断した案件、その根拠は記録に残っているでしょうか。


※ 解釈は経済産業省「安全保障貿易に係る機微技術管理ガイダンス(大学・研究機関用)第五版」p.62-63(貿易外省令 第9条第2項第九号・第十号の解説)によります。「基礎科学分野の研究活動」の定義は役務通達1(3)によります。大学・研究機関向けの資料ですが、根拠となる貿易外省令・役務通達の条文は企業にも同じく適用されます。 制度・解釈は改正されることがあります。 実務では必ず 役務通達 の原文でご確認のうえ、判断に迷う場合は経済産業省へご相談ください。
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